方正友好交流の会
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星火方正
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第40号(2026年1月発行) / 1冊13記事 を表示しています。

  第40号(2026年1月発行) 第40号(2026年1月発行)表紙

「星火方正」40 号がなんとか発行できました。感謝!2
理事長・大類善啓/事務局長・森一彦
皆さまのあたたかいご支援ご協力で、遅ればせながらも会報40号が発行できましたこと、感謝申し上げます。昨2025年の10月3日、厳しい局面にある本誌の今後の在り方について、いつもの会報発送業務などを行う8名ほどの人間が集まり、協議いたしました。 /// 続きは本誌ご参照
満蒙「開拓」団史を次の世代に伝えたい3
胡桃沢伸
《解説》本稿は、2025年7月13日(日)に東京の日本教育会館にて開催された方正友好交流の会主催の講演録である。 /// 続きは本誌ご参照
「方正友好交流の会」のこれから28
滝永登
もう10年以上も前だろうか、『否定と肯定』(原題“Dinal”(否定))という英国映画を見る機会を得た。主人公はナチスによるホロコーストの研究者。ある日、ホロコーストを否定する者から公開討論の呼びかけを受ける。しかし彼女はこの提案を断る。理由は明解である。自身の研究成果と思いつきの願望としか思えない否定「論」とを同列に扱い、同じ議論の俎上に乗せられること自体にがまんがならなかったのだ。 /// 続きは本誌ご参照
平和と感謝の架け橋―2025年「中国帰国者・日中友好の会」ハルビン感恩の旅31
池田澄江
私どもの中国帰国者・日中友好の会は、「感恩の旅」(集集部注:感恩とは深い感謝の意味)と名付けられた訪中団を結成し、2025年9月10日から5日間にわたり、中国・黒龍江省ハルビン市を訪問しました。訪中団には、残留孤児とその家族など総勢80名以上が参加し、終戦から80年という節目の年に、養父母への感謝と日中友好のメッセージを現地に届ける活動を展開しました。 /// 続きは本誌ご参照
満洲進出の歴史から見る「パレスチナ問題」と日本―『中学生から知りたいパレスチナのこと』を読んで34
木村護郎クリストフ
岡真理/小山哲/藤原辰史著『中学生から知りたいパレスチナのこと』(ミシマ社2024年)という本を読みました。著者のうち、岡はパレスチナ問題そのものが専門ですが、小山はポーランド史、藤原はもともとドイツ史の研究者です。中東(西アジア)の問題がヨーロッパ、なかでも中東欧の問題と切り離せないということを指摘する視点が秀逸であり、多くを学びました。中東欧で苛烈な迫害を受けたユダヤ人が今度はパレスチナで暴力的な支配を行なっているという、迫害と暴力のいわば玉突き現象の悪連鎖をどうやって断ち切ることができるのか。本書は大きな問いを投げかけます。 /// 続きは本誌ご参照
胡桃沢さんの講演を聴いて36
井出亜夫
明治維新による日本近代化の影響の下、多くの中国人が自国の近代化を求めて来日しますが、日露戦争後の日本は、朝河貫一(イェール大学教授)「日本の禍機」(1909年)の警告にも拘わらず、世界史の軌道を外してしまいます。対華21か条(1915年)要求の後、孫文は「日本は欧米列強の走狗となるのか、アジアの王道を開く先駆者となるのか」と述べ日本を去りますが、松岡洋右は「満蒙は日本の生命線である」と唱え、その後の日本は、満州事変、日中戦争と前者の道を歩んでしまいました。 /// 続きは本誌ご参照
満蒙「開拓」団史を如何に次世代に伝えるか―胡桃沢伸さんのお話から教えられたこと38
星野郁夫
去る7月13日(日)東京一ツ橋の日本教育会館で、方正友好交流の会が主催する「満蒙「開拓」団史を次の世代に伝えたい」、とのタイトルで、講演会が開かれた。講師は胡桃沢伸さん。劇作家で医師の肩書をお持ちの方である。 /// 続きは本誌ご参照
中国東北部に満州の埋み火40
田中洋一
今年(2025年)の元日の夕暮れ、雪が降り続く園地の外に私たちは立っていた。門は閉ざされて中に入れず、奥に大きな石碑が見える。門の上に「中日友好園林」の文字板がまたいでいる。 /// 続きは本誌ご参照
「いのち輝け 二度とない人生だから」(蓼沼紘明著)―私の日本国憲法「ともいきの日記」46
椎名鉄雄
蓼沼様、素晴らしい本を著していただき有難うございます。僭越に存じますが、私の感想を記します。「いのち輝け 二度とない人生だから」のタイトルに、この本の真髄が表されているように感じます。蓼沼様は旧満州で生まれ、戦火にさらされた満州から奇跡的に生き延びられて家族と共に日本に引き揚げてこられたのですね。満蒙開拓青年義勇隊(開拓団)は、真実を知らされずに入植し、敗戦の情報さえも伝えられずソ連軍の攻撃にさらされました。満州に置きざりにされたのです。集団自殺さえも強制されました。関東軍は既に退却していました。ご一家は、日本への引き揚げの後も、国から群馬県の痩せ地を与えられ、凄まじい開拓の苦労を味わいました。こうした経験がこの本の起点になっていると感じました。 /// 続きは本誌ご参照
青年“劉芳生”の行方を探して16年、真相判明の軌跡―「ハルビン大陸学院」と井芹貞夫・劉書卿夫妻48
長谷川清司
昨年(2024年)6月刊の「方正友好交流の会」の会報38号に投稿した一文「“夜幕下的哈爾濱”時代の『ハルビン大陸学院』」は同学院が歴史に埋もれないことを願いつつ、またその概要を広く人々に是非知ってもらうのが目的だった。同学院は1935年9月に開校、日本が敗戦した1945年8月まで約10年間存続、中国人学生を対象にした全日制の国民高等学校だった。1930年代のハルビンは別称“夜幕下的哈爾濱”とも言われている。学院の概要を調べていく過程で「大北新報」新聞社の経済記者を本業としながら暇を見つけては同学院の事務・庶務関係の仕事を補佐していた一人の中国人、劉芳生がその青春の人生を懸けて1930年代の反満抗日運動に深く関わっていたことが分かってきた。 /// 続きは本誌ご参照
引間政好君を偲ぶ55
新宅久夫
謹んで引間政好君の死を悼み、心からご冥福をお祈り申し上げます。思えば、彼は旧満州に於いて、敗戦後閻家駅(ジャムス市から南に約120キロ鉄道駅)を下車して徒歩で約1時間歩くと、王家屯がありそこに秩父中川村開拓団があった、1945年8月5日頃、長兄は現地召集で軍に取られ、長姉は看護婦として陸軍病院に勤務して家に居なかった。 /// 続きは本誌ご参照
有馬東洋男さんの思い出57
増野亨
2007年に元衆議院議員の友人が政界から完全に足を洗うとして、父親(元大蔵次官、元衆議院議員)の代からお世話になったとして4人の旧制五高出身の同期生のフォローをお願いされた。以来コロナ禍を除き、毎月末の日曜日にご健在の方々と会食を重ねてきたが、1年半前に最後の方、古賀憲介元新日鐵副社長、元日新製鋼会長が逝去され、皆さん全て鬼籍に入られた。ご冥福をお祈り申し上げます。 /// 続きは本誌ご参照
方正日本人公墓が私たちに問いかけるものとは―「方正友好交流の会」へのお誘い61
方正友好交流の会
1945年の夏、ソ連参戦に続く日本の敗戦は、旧満洲の「開拓団」の人々を奈落の底に突き落としました。人々は難民、流浪の民と化し、真冬の酷寒のなか、飢えと疫病によって多くの人たちがハルピン市郊外の方正の地で息絶えました。それから数年後、累々たる白骨の山を見た残留婦人の松田ちゑさんは方正県政府に、「自分たちで埋葬したいので許可してください」とお願いしました。その願いは方正県政府から黒竜江省政府を経て中央へ、そして周恩来総理のもとまでいき、「方正地区日本人公墓」が建立されました。 /// 続きは本誌ご参照
 
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