方正友好交流の会
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星火方正
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第1号(2005年9月発行) / 1冊17記事 を表示しています。

  第1号(2005年9月発行) 第1号(2005年9月発行)表紙

会の再出発に当たって1
大類善啓(方正友好交流の会事務局長)
日本人公墓は、ほとんどの日本人に知られていない。中国通といわれる人々の中でも知られていない。中国通のジャーナリストや中国研究家も知らない。このことは、何もその人たちが無知だからではない。中国政府も恩着せがましく公墓の存在も建立したこともPRしなかった。本当に悲惨な目に遭われた遺族とその関係者、日中友好運動に携わった中の数少ない人たちの間にしか、公墓の存在は知られていなかった。 /// 続きは本誌ご参照
大きな反響を呼んだ再編総会3
方正友好交流の会
「方正友好交流の会」の再編総会は、6月19日(日)午後1時から都内・中央大学駿河台記念館で開催された。当会の活動が、日中友好協会の機関紙「日本と中国」で大きく紹介され、また朝日、読亮両紙の都内版に開催案内記事が紹介されたこともあり、私たちが当初予想した以上に参加者が多く、50名近い参加があった。 /// 続きは本誌ご参照
日中の友愛 後世へ―満蒙開拓団公墓で交流会発足6
望月迪洋(新潟日報編集委員)     転載元:新潟日報(2005年7月2日付)
六十年前の一九四五年ハ月、現在の中国黒竜江省ハルピン市郊外にある方正県に、ロシア軍の攻撃にさらされた満蒙開拓団が各地から雪崩をうって集結した。だが食料も暖房も医薬品もなく、厳冬の荒野に放置された人々は翌四六年春までに、飢えや凍死、病気あるいは自決なと次々とたおれ推計五千人を超したといわれる。その後、黒竜江省政府の手で四千五百余体の遺骨を納めた方正日本人公墓が立てられた。靖国参拝や歴史認織などで中日両国が対立感を深める今、この日本人公墓のことを広く世に伝えようと「方正友好交流の会」が六月末、東京・神田酸河台で発足した。 /// 続きは本誌ご参照
「友好の原点」交流再び―中国・黒竜江省の「日本人公墓」7
信濃毎日新聞     転載元:信濃毎日新聞(2005年6月20日付)
満州開拓団員らの遺骨を納めた「日本人公墓」のある中国黒竜江省方正県と交流してきた市民団体が十九日、都内で活動を再開した。会長の死去に伴い休止状態だったが、戦後六十年の今年、公墓の存在を多くの人に知ってもらい、冷え込んでいる日中関係の改善につなげたいと再出発を決めた。祖母が県内出身の帰国三世らが役員に加わり、若い世代が活動の中心を担って友好促進に取り組む。 /// 続きは本誌ご参照
「日本人公墓」が中日友好に特別の重みを支えている8
黄文煒(日本新華僑報記者)     転載元:日本新華僑報(2005年6月28日付)※中文原文添付
6月19日、方正友好交流の会が東京で設立総会を開いた。この会の全身は1993年5月に創立されたハルピン市方正地区支援交流の会で、かつて方正県の農業の発展や日本語教育に貢献した。2002年石井貫ー会長がなくなった後、交流会の活動が停滞した。方正県と日本が特別な関係を持つというのは、ここに中国で唯一の日本人公墓があり、40年余にわたってユニークな中日友好を見届け「記録」して来たからである。 /// 続きは本誌ご参照
旧満州の墓 守ろう―「日本人も同じ犠牲者」中国側が建立10
読売新聞     転載元:読売新聞(2005年6月28日付夕刊)
中国東北部・黒竜江省のハルピン市方正県に、旧満州入植者のために中国側が建てた「日本人公墓(共同墓地)」がある。日中両国の専門家にもあまり知られていないこの墓を、友好の礎と考え、維持費を負担するなどして交流を進めようと、中国残留日本人の2世、3世たちが活動を始めた。戦後60年、そして日中関係が冷え込む今、「二つの祖国」に思いを込めて―。 /// 続きは本誌ご参照
日本人公墓を風化させるな―「方正友好交流の会」が再出発へ11
日中友好協会     転載元:日中友好協会『日本と中国』(2005年4月15日)
中国・黒竜江省の方正県に約5千人の日本人入植者が眠る「方正地区日本人公墓(共同墓地)」がある。その方正県と日本との友好促進、公墓の存在を広めようという「方正友好交流の会」は、柱になっていた人の死去で活動が停滞していた。「方正の入植者の悲劇を風化させるな」と、関係者が6月に会再出発に向けた総会を開く。 /// 続きは本誌ご参照
日本人公墓 悲劇忘れず交流再開―黒竜江省方正県支援交流の会 継続へ19日に総会12
朝日新聞     転載元:朝日新聞(2005年6月8日付)
中国の黒竜江省方正県との交流を進めてきた「方正地区支援交流の会」が19日、再出発のための総会を開く。 /// 続きは本誌ご参照
中国の日本人墓地通じた交流再出発12
読売新聞     転載元:読売新聞(2005年6月17日付朝刊)
戦後60年の今年、中国・黒竜江省の方正県にある「日本人公墓(共同墓地)」の存在を広め、友好活動を進めようと、休眠中だった市民団体「方正地区支援交流の会」が19日、都内で再出発の総会を開く。同会は「公墓を両国の交流の原点と位置づけ、冷え込んだ日中関係を改善する一助にしたい」とし、広く参加を呼び掛けている。 /// 続きは本誌ご参照
日本人公墓を風化させるな―「方正友好交流の会」が再編の総会12
日中友好協会     転載元:日中友好協会『日本と中国』(2005年7月5日)
「方正友好交流の会」の再編総会が6月19日、東京で開かれ、約45人が参加、交流のの再出発を確認した。 /// 続きは本誌ご参照
墓は生者に平和を問いかける13
スベンドリニ・カクチ     転載元:IPS-JAPAN(2005年7月18日付)
遠藤勇さん(66)は、日本人孤児の世話をした中国人養父母のために公墓を建立した。第二次世界大戦末期、開拓移民であった親たちがソ連軍や中国軍に追われて避難したために、多くの日本人の子どもが中国東北部に棄てられ孤児となった。 /// 続きは本誌ご参照
再編総会に寄せられたメッセージ15
方正友好交流の会
再編総会の案内の際、葉書を入れ、出欠に関わらず一言メッセージをお願いした。頂いた全部また全文をページ数の関係で紹介できないのは残念だが、ほんの一部主に欠席された方を中心にご紹介します。出席と明記していないのは参加できなかった方々である。 /// 続きは本誌ご参照
再編総会に寄せられた中国からの祝辞17
方正友好交流の会
中国黒龍江省方正県人民政府、元方正県中日友好交流協会常務副会長王鳳山、方正県日本語学校校長柳長晴・名誉塾長王鳳山 /// 続きは本誌ご参照
ニュース18
方正友好交流の会
再編総会を終えて一ヶ月も経ない7月に入り、方正県政府代表団が日本を訪れているという知らせが方正出身の華僑仲間から入った。そこで急逮7月12日(火)午後4時から、日中科学技術文化センターの会議室で、「方正友好交流の会」の事務局メンバーと方正出身の華僑グループが、6人から成る方正県人民政府の代表団と会談した。 /// 続きは本誌ご参照
方正友好交流の会 規約・役員人事19
方正友好交流の会
第1条 名称 本会は、方正友好交流の会と称す。 /// 続きは本誌ご参照
書籍のご案内20
方正友好交流の会
『風雪に耐えた「中国の日本人公墓」―ハルビン市方正県物語(方正友好交流の会編著)』、『日本と中国 その底辺を翔けた70年(石井貫一編著)』、『天を恨み 地を呪いました一中国方正の日本人公墓を守った人々(奥村正雄編著)』 /// 続きは本誌ご参照
編集後記21
大類善啓
再編総会までの慌しい日々、そしてなんとか総会を終えたという安堵感と疲労感の後に来たのが各方面からの大きな反響だった。感動した、支援をしたい、カンバしたいという電話を頂き、すぐにでも新生第1号の会報を出そうと思ったが、なかなかエンジンがかからない。中国との交流会の開催準備など多忙を極め、それでも休日を活用して会報の原稿を書き、整理して、やっと発行にこぎつけることが出来た。電話を頂いた方々には、会報を通してのご報告が遅れたことをご容赦顧いたく思います。 /// 続きは本誌ご参照
 
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「方正友好交流の会」事務局

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