方正友好交流の会

星 火 方 正

~燎原の火は方正(ほうまさ)から~
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 第4号(2007年5月25日)  

私たちの方正日本人公墓

長田 末作新潟県開拓民殉難者慰霊祭世話人代表)

 新潟県開拓民自興会は昭和22年に結成されたが、会員の老齢化、資金面その他の諸般の事情により平成7年、新潟県開拓民自興会の名称を閉じ、以後は県出身元義勇隊会員を中心に新潟県開拓民殉難者慰霊祭世話人会の名称で、昭和35年に新潟県護国神社境内に建立した満洲開拓民殉難碑を守り、毎年8月9日慰霊祭を執り行うことを目的として今日に至っております。

 併せて中国現地慰霊巡拝の旅を、平成6年より方正日本人公墓参詣を中心にして北満元開拓地を探索、探訪、現地慰霊の旅として7回実施してきました。

 平成11年(1999年)には、20世紀締めくくりの年として「蒼き夢の地を訪ねる旅」を、元義勇隊員を中心に44名で方正日本人公墓で合同慰霊祭を行い、県人殉難者5000人の冥福を祈りました。

 その都度、県下の寺院のご協力により僧侶の同行ご参加をいただき、平成14年以降は毎回、曹洞宗桂谷山東岸寺(岩舷郡荒川町)の住職、野田尚道老師の同行ご協力をいただき、殉難現地でのご法話、読経がしめやかに方正日本人公墓の林間にしみ渡り、参加遺族の感謝と感激の涙を誘っております。

 方正日本人公墓参詣の前に、方正県人民政府を表敬訪問しその都度、副県長・張国文先生、揚桂溶先生(女性)外事僑務弁公室の田文斌先生(今は退職)、王徳君先生、陳福堂氏(退職)、王佛新氏、季宝元氏、張紅麗氏のご臨席をいただきました。他県の慰霊訪中団では現地慰霊祭の件で、中日間で多少の手違いがあったやに聞いておりますが、私どもは方正県人民政府のご理解あるご協力により毎年新潟県との暖かい交流を続けていただいております。

 方正日本人公墓参詣後は参加開拓団義勇隊員の希望により、「大地の子」で有名な勃利佐渡開拓団殉難跡地(今は七台河市)、宝清事件殉難跡地、虎林清和新潟開拓団現地、密山黒台開拓団現地、甘南西宝新潟、朝陽山開拓跡地、勃利義勇隊大訓練所跡地、竜頭橋ダム見学、虎頭要塞跡地等を探訪、法要の旅をしております。

 また毎回必ず密山の私の元第三次勤農新潟義勇隊開拓団跡地で地元住民、小学校生徒との草の根民間交流、興凱湖畔散策、遊泳、国境見学等をして参加者に喜んでいただいております。

 最終日はハルビン市で新潟友誼公園、極楽寺、ロシア教会堂、大和ホテル等を見学して翌朝新潟空港に帰国いたしております。すべて新潟空港発着で7泊8日、6泊7日の日程で、朝ハルビンホテルでバイキングの朝食、昼食は我が家で食べられるようになりました。

 今年も7月下旬、8回目の方正日本人公墓参詣の予定であります。

 <長田末作さん:1925年(大正14年)生まれ。40年満州へ。19歳で関東軍へ入隊。敗戦時は開拓団ではなく平壌で迎え、ソ連に抑留さる。47年舞鶴に復員。14年にわたって新潟県開拓民自興会長を務める。中国慰霊巡拝訪中暦は7回になる>

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